学生のためのマスコミ文章道場


はじめに


■添削は指導にあらず

1997年から2002年にかけ、私は日本ジャーナリストセンターにおいて、マスコミ志望の学生を対象に、論・作文の通信指導講座を担当した。講座の講師を務めるにあたり、私には心に決めたことがひとつあった。それは、受講者の作文にはいっさい赤ペンを入れないということだ。
通信講座といえば、受講者から送られてくる文章の悪いところを赤で消し、書き直しの一例を示す、いわゆる「添削」というやり方が通例である。しかし、それは文章の「治療」ではあっても、決して「指導」ではない。
中国の諺に「ある人に魚を一匹与えれば、その人は一日食える。魚の取り方を教えれば、その人は一生を通して食える」というのがある。添削とはまさに魚を一匹与えることであり、魚の取り方を教えることではない。



■800字の作文には800字のコメントを

そこで私は、添削はいっさいしないことにした。その代わり、受講者が仮に800字の作文を書いてきたら、800字分のコメントを付けて返そうと決めた。そしてそのコメントには、講師である私の、その文章に対する率直な感想はもちろん、どこがどういう理由で問題なのか、どのようにしたらもっと良くなるのかという書き直しのヒントや助言も含めるようにし、必要なら何度でも本人に書き直しさせることにした。
このようなやり方では、月に10人も相手にするのが精一杯で、5年間でまさに延べ600人分の指導にとどまった(いや、600人も相手にしたと言うべきか)。
それでも、5年間で私が書いたコメントの量は、分厚いファイルで数冊分にはなったのである。受講者がどのような文章を書き、それに対して私がどのようなコメントを付けたかを、ひとつひとつつぶさに比較しながら読んでいただければ、そこには文章指導の極意が隠されていることをご理解いただけるだろうと自負している。しかし、その分厚いファイルが紐解かれることは、おそらくないだろう。



■総評という作品

したがって、ここに紹介するのは、第二の手段である。
そのひとつは、講座に申し込んだ受講者に必ず読んでいただく基本テキストである。これは受講者に送る私からの最初のコメントということになる。
そしてもうひとつは、講座の毎月の総評である。この講座は、受講者に毎月私が課題を出し、それについて文章を書いていただくというかたちで進められたが、私は受講者の文章にコメントを返すだけでなく、月末には総評を書くことを自分に義務づけた。それは、私にとって、自分の出した課題に対して自分で応えるとどうなるかを受講者に示す試みでもあった。したがって、総評は単なる毎月のまとめという意味合いだけでなく、私にとっての文章作品であり、文章論あるいは文章指導論の試みでもあった。(「エッセイ」のメニューも参照)
この、まとまったふたつの文章をこの場で開示することにより、おそらく一般に公開されることはないであろう文章指導の極意を含んだ600人分のコメントの代わりとしたい。







 −目次−

・基本テキスト

  ■はじめに

  ■プロローグ

  ■あしたのために(その一)=読む=

  ■あしたのために(その二)=書く=

  ■あしたのために(その三)=履歴書・志望書の書き方=

  ■あしたのために(その四)=それでも書けない人のためのリハビリテーション=

  ■あしたのために(その五)=スランプの抜け出し方=

  ■エピローグ





・総評