■地球は生きている



 「宇宙船地球号」という表現に象徴されるように、私たちは無機的な「器」としての地球に乗っかっているのだと考える人は、相変わらずいるようだ。しかし「ガイア仮説」の登場以来、事情は一変した観がある。

 一九六〇年代、イギリスの科学者ジェームズ・E・ラヴロックは、NASAの惑星探査計画に参加し、火星をはじめとする太陽系の近隣惑星に生命が存在するか、あるいは過去に存在した痕跡があるかどうかを無人探査機によって調べる方法の開発に取り組んだ。

 その際彼は、生命体の存在しない惑星では、大気、海、土壌などの化学成分が、長い年月の間に平衡状態に達しているはずであり、それは地球などの生命に満ちあふれた惑星とは明かな分子配分上の違いがあるはずだという仮説を立てた。そしてコンピュータで算定したところ、火星ではやはり生命が存在しない化学的平衡状態の組成に一致した。

 その仮説を改めて地球に当てはめてみたところ、火星の組成とはまったく逸脱した値を示したという。地球では現に生命が存在するのだから、当然と言えば当然なのだが、その逸脱の度合いがただ事ではない。何ものかがはっきりそれと意図して、地球表面に生命の存続に最適の条件を恒常的に維持しているとしか考えられない。つまり、地球も私たち人間と同じようなひとつの生命体として生きていて、生命維持活動をしているとしか考えられないのである。

 その後、アメリカの宇宙飛行士たちの多くは、地球の外から地球全体を眺めるという特異な体験――つまり彼らは、科学者がマイクロスコープ(顕微鏡)で微生物を観察するのではなく、あたかも微生物がマクロスコープ(巨視鏡)で科学者を観察するように地球を外側から見たわけだ――を通して、「地球は生きている」という一種の神秘体験、宗教的悟りにも似た確信を得て地球に帰還するといった事態が相次いだ。このあたりの事情は立花隆の『宇宙からの帰還』(中央公論社)に詳しい。

 この地球の恒常的な生命維持活動(ホメオスタシス)は、私たち人間のそれと、驚くべき類似を示している。たとえば、人間の体温調節機構と大気の温度維持システム、血液中の塩分濃度と海水の塩分濃度、紫外線によるDNA破壊から細胞を守る人間の皮膚と地球のオゾン層の類似など、数え上げればキリがない。

 ラヴロックは、この概念をギリシャ神話の大地の女神にちなんで「ガイア仮説」と名づけた。

 この仮説を受け、やはりイギリスの科学者ピーター・ラッセルは、地球も私たち人間と同じ生命体であるなら、私たち一人一人の人間はその生命体を構成する細胞であるはずであり、その一つ一つの細胞が心や精神の作用を持ち、意識活動をしている以上、そうした生命活動の複合体である地球も、私たち人間の精神作用も含んだ、もっと複雑で高次の意識を持っているにちがいないと考えた。

 ラッセルは、人類を広大な神経系、つまり個人個人が個々の神経細胞に相当する惑星の脳に似たものとみなす「グローバル・ブレイン」という考えを打ち出し、こう述べている。

 

「この惑星の場(プラネタリー・フィールド)は、人類を構成する何十億という意識的存在の統合された相互作用から生まれるのかもしれない。人類をつなぐコミュニケーションの輪が広がるにつれ、ゆくゆく、ネットワークを行き交う何十億という情報交換が、グローバル・ブレインの内部に人間の脳に見いだされるものと同様な結合パターンを生み出す時点に到達するだろう。そのとき<ガイア>はめざめる。