言葉は、満たされることを待っている魂の器。

目は、覗かれることを待っている魂の窓。

肉体は、風が吹くのを待っている魂の帆。

行動は、実現されることを待っている魂の計画。



肉体は船、心は舵、魂は羅針盤。



魂とは、個人がもつ本能のようなものである。

その本能に従って行動する限り、個人が道に迷うことはない。



魂同士の響き合いとは、

いかなるgive(gift)も介在させない関係のことである。

魂同士を媒介するものは魂だけである。

Giveを介さないので、そこには慰謝(excuse)も必要ない。



人は、自分の肉体と親と環境と時代を

選んで生まれてくることはできないと信じ込んでいるが、

人はそれらを自分で選んで生まれてくる。

その選択には明確な意図がある。

それは魂の意図である。

人はただそのことを忘れているにすぎない。