「不思議なカギ」


 ぼくの家はもうすぐ引っ越しだ。ママに言われて、ぼくは机の引き出しの整理をはじめた。いちばん下の引き出しにはガラクタばかり詰め込んである。面倒なので、引き出しをスポッと引き抜いて、段ボールの箱に中味をガラガラと投げ込んだ。引き出しをもとに戻そうとしたら、奥の方にへんなくぼみがあって、そこに何かキラキラ光るものが落ちているのが見えた。何だろうと思い、手を突っ込んで取り出してみると、それは貝殻でできた小さな箱だった。フタを開けてみると、中に古ぼけた小さなカギがひとつ入っていた。
 家のカギにしては小さすぎるし、自転車のカギとも違うし、ぼくにはまったく見覚えがなかった。ぼくは不思議に思ってパパとママに聞いてみた。「オレの机のカギじゃないか」パパはそう言って、書斎に入ってパパの机のカギ穴にカギを差し込んで回してみた。でも違うようだった。「おばあちゃんのタンスのカギじゃない」とママが言った。ぼくのおばあちゃんは、ぼくが生まれる前に死んで、それ以来ママがおばあちゃんのタンスを使っていたらしい。ママは寝室に入って、タンスのカギ穴にカギを差し込んで回してみた。でも違うようだった。「おまえの机のカギじゃないか」とパパがぼくに言った。ぼくの机は、ぼくが小学校に入学したとき、パパが自分で使っていたものをくれたのだった。パパは、おととしおじいちゃんが死んだ後、おじいちゃんの机をもらって使っていた。ぼくは自分の部屋に戻って、机のカギ穴にカギを差し込んで回してみた。でも違うようだった。
 ママはカギが入っていた小さな貝殻の箱を手に取って言った。「これ、アクセサリーのケースか何かだと思うけど、おばあちゃんのじゃない」するとパパは「外国製みたいだな。オヤジが旅のみやげに買ってきたんじゃないか」と言った。ぼくのおじいちゃんは、若いころ外国をいろいろ旅していたらしい。「とにかく大事なカギかもしれないから、とりあえずしまっておきなさい」とパパが言うので、ぼくはとりあえずカギを箱に戻して、ぼくの机の上においておいた。
 次の日曜日、パパは押し入れの整理、ママはタンスの整理に大忙しだった。でも、何かへんなものが出てくると、パパとママは整理をやめて、ああでもないこうでもないと話し合っていた。パパは押し入れの奥から釣竿を見つけて「そういえばこの釣竿、一・二回しか使ってないな」と言った。ママはタンスの奥から帽子を見つけて「そういえばこの帽子、一・二回しかかぶってないわね」と言った。
 押し入れの整理が終わると、パパは押し入れの上にある「天袋」という所の整理をはじめた。しばらくすると、パパがまたへんなものを見つけた。それは古ぼけた茶色い紙に包まれた箱だった。パパが紙をやぶいて箱のフタを開けてみると、中からカバンが出てきた。それは古ぼけた茶色い革のカバンだった。「たぶんオヤジのだな」パパはそう言ってカバンを開けようとした。でもカギがかかっていて開かなかった。「おい、あのカギで開くかもしれないぞ」パパがそう言うので、ぼくは急いで例のカギを取ってきてパパに渡した。パパはカバンのカギ穴にカギを差し込んで回してみた。カギは開いた。そのカバンの中からは、へんなものがいろいろ出てきた。外国の絵はがき、ごつごつした石ころのようなもの(パパは、水晶の原石じゃないかと言っていた)、細かい彫刻の入った木製のパイプ、それに古い写真が何枚か。「これは若い頃のおじいちゃんとおばあちゃんだ」と言ってパパが写真を見せてくれた。おじいちゃんの顔は、今のパパそっくりだった。「これは小さい頃のパパね」ママがそう言って別の写真を見せてくれた。パパの顔は、今のぼくにそっくりだった。「アッ、これはヤバイぞ」パパが別の写真を見て言った。ママとぼくは写真をのぞき込んだ。そこには若い外国の女の人が写っていた。きれいな人だった。「オヤジのやつ」と言ってパパは何だかニヤニヤしていた。ママは黙っていた。
 しばらくしてママが言った「でも、どうしておじいちゃんのカバンのカギがこの子の机の中にあったのかしら」「もともとはオレの机だったんだから、オヤジはオレにこのカギを預けたつもりなんじゃないか」とパパが言った。「でも、この子があの机を使い出したのは、おじいちゃんが亡くなる前だから、おじいちゃんは知ってらしたはずよ」とママが言った。「じゃあ、オヤジはこいつにこのカギを預けたっていうのか」パパはそう言うと、不思議そうにぼくを見た。ママも不思議そうにぼくを見た。
 次の日曜日、パパは引っ越しの整理もそっちのけで、押し入れから見つけた釣竿を一生懸命みがいていた。ママはタンスから見つけた帽子をかぶって、おしゃれをしていそいそと買い物に出かけた。ぼくには何がどうなってるのか、さっぱりわからなかった。