「新説・はだかの王様」








 むかしむかしあるところに、きれいな着物がなによりもお好きな王様が住んでおりました。その王様は、持っているお金をすべて自分の着物につぎ込んで、一日に何度もお召しかえなさるほどでした。

 きょうは、王様がこの世でもっとも美しい着物をお召しになって町中をパレードなさる日です。よその国からやってきた織物職人が、この世でもっとも美しい織物を織り上げ、それで王様に着物をしつらえてさし上げたというのです。ただしその着物は世にも不思議な性質を持っていて、だれでも自分の地位にふさわしくない者や、手におえないバカ者には、その着物が見えないというのです。王様はその着物がたいそうお気に召して、織物職人に勲章をさずけ、たいそうな賞金をあたえ、王様のおかかえ織物匠になさったということです。

 さて、町中の人々が集まっているなか、王様がおともの者らの長い行列をしたがえてやってきました。ところがどうでしょう。王様はこの世でもっとも美しい着物をお召しになっているどころか、なにもお召しになっていらっしゃらないではありませんか。そうです王様ははだかだったのです。ところが、町の人々はだれひとりとしてそのことを口にしませんでした。「なんとおきれいなお着物でしょうか!」とか「ほんとうによくお似合いになっていらっしゃることでしょう」とか、口をそろえたように言うばかりです。だれも、自分が自分の地位にふさわしくないとか、とんでもないバカ者だと思われたくなかったので、決して王様の着物が見えないとは言えなかったのです。

 そのとき、ひとりの小さな少年が叫びました。

「王様はなんにも着てやしないじゃないか。王様はどうしてはだかなの?!」

するとその子の父親が言いました。

「なんだって。おい、みんな聞いてくれ、うちの息子の言うことを、この無邪気な子どもの言うことを!」

そして、その小さな少年の言った言葉は、人から人へヒソヒソと伝わっていきました。

「王様はなんにも着ていらっしゃらないと、小さな子どもが言ってるとさ」

「王様はなんにも着ていらっしゃらないとさ。王様ははだかだって」

 とうとうそのヒソヒソ話は町中の人に伝わってしまいました。これにはさすがの王様もこまってしまいました。しかしいまさらパレードをやめるわけにはいきません。そこで、こまった様子は見せず、なにくわぬ顔で歩きつづけました。

 お城にもどった王様は、「これはこまった。王の権威がすっかり地に落ちてしまった」と、打ちしおれてしまいました。すると、年寄りの大臣が王様に言いました。

「わが王よ、王様はなにも着ていらっしゃらなかったと、町中によからぬうわさが流れております。このままでは、ほんとうに王の権威は地に落ちてしまいます。いまこそきっぱりとした態度をお示しにならねばなりませぬぞ」

年寄りの大臣はそう言うと、王様になにやら耳打ちしました。「ふむ、ふむ」と聞いていた王様は、「そうか、なるほど。よし、わかった」と言って、ふたたび町の人々を集めさせました。

 お城のまわりに町の人々が集まると、王様はお城のバルコニーから人々を見おろし、そしてあいかわらずはだかのまま、きっぱりとした態度でこう言いました。

「わが民よ、わしの言うことを両の耳でしかと聞くがよい。おまえたちはこのわしがなにも着ていないと申すか。おまえたちの王ははだかだと申すか。さあ、両の目をしかと見開き、いま一度見るがよい、この世にも美しい着物を。そもそも着物の美しさとはなにか。もともと着物というものは、どんなにうすくとも、からだを包んで動きをさまたげるものだ。しかし、ほんとうに世界一美しい着物とは、まるで着ていないかのように見えるほど軽やかなものである。さあ、いま一度よく見るがよい。おまえたちの目には、まだこのたぐいまれなる着物が見えぬと申すか。もしほんとうにそう申す者は、おのれの地位にふさわしくない本物の大バカ者である。さあ、そう申す者はいますぐ前へ進み出よ!」

王様がそう言うと、町の人々はしんと静まりかえり、だれひとり前へ進み出る者はおりませんでした。「王様ははだかだ」と叫んだ少年も、父親に口をおさえられ、なにも言うことができずにおりました。

 さて、王様の演説からしばらくのあいだは、だれも王様の着物の話をする者はおりませんでしたが、時がたつと、また少しづつうわさ話をする者が出てきました。「王様は、ああ言っておられるが、王様はやっぱりはだかだった」とうわさする者がいるかと思えば、「いや、王様はたしかにこの世でもっとも美しい着物をお召しになっていらした。自分にはそれがはっきり見えた」と言う者もいて、うわさはまっぷたつにわかれていました。町の酒場では、毎晩のように「見えた」「見えない」の口論が飛びかい、とっくみ合いのケンカになることさえありました。そうして町中にはげしい論争がまきおこり、人々はギスギスとした空気の中ですごしておりました。

 王様も、きっぱりとした態度であのような演説をしたものの、町中でまきおこっているうわさや論争をどうしたらいいかわからず、すっかりこまりはてておりました。じつを言うと、王様にも自分の着物が見えなかったのです。しかし、自分が王として国を治めるのにふさわしくないバカ者であると思われてはたまらないので、ほんとうのことが言えずにいたのです。そこへまた年寄りの大臣があらわれ、王様にこう言いました。

「わが王よ、あいかわらず町中によからぬうわさが流れ、はげしい論争までまきおこっております。このままでは、暴動や反乱がおきないともかぎりませぬぞ。ほとぼりがさめるまで、しばらくはお城の外にお出ましにならぬのがよろしいかと存じまする。町の者らをしずめる役は、ひとつこのわたくしめにおまかせくださいませぬか」

王様は、ほかにとくべついい方法がなかったので、しかたなくあとを大臣にまかせ、お城にひきこもっていることにしました。

 王様から国を治める役をまかされた大臣は、さっそくうわさや論争を禁止するおふれを町に出しました。そして、とくに「王様ははだかだ」とはっきり言い張る者の話を聞きつけ、そのことを告げ知らせた者には賞金を与えるというお告げまで出しました。やがて町の人々は、他人の前では王様の着物の話をあまりしなくなり、仕事をしていても、酒場で酒を飲んでいても、だれかうわさ話をしていないかと、賞金ほしさに聞き耳を立てるようになりました。

 それでも、うわさや論争はなくなりませんでした。人々は他人にかくれて話をするようになりました。ただし、「王様は着物を着ていた」という意見の持ち主たちの中には、人前でもわりあい平気でうわさ話をする者もおりました。「自分にはたしかに王様の着物が見えたが、この世でいちばん美しいとは思わなかった」とか、「いや、あれはたしかに世にもまれなる美しい着物だった」とかいったぐあいです。どんなうわさも禁止されていましたが、「王様ははだかだった」と言わないかぎり、だれも関心を示さず、聞き耳を立てられ告げ口される心配もなかったからです。一方、「王様ははだかだった」という意見の持ち主たちは、告げ口されるのがこわかったので、決して人前ではその話をしなくなりました。そのかわり、同じ意見の持ち主どうしが集まって、かくれて集会を開くようになりました。そしてときどきそんな集会がだれかに聞きつけられ、告げ口されて大臣につかまったりしました。

 やがてこんなこともおこるようになりました。王様の着物について「着ていた、着ていなかった。見た、見ない」で夫婦ゲンカがはじまり、とうとう離婚ということになるのです。むかしは性格が合わないという理由で離婚する夫婦が多かったのですが、最近では王様の着物について意見が合わないという理由で離婚する夫婦が増えてきました。

 そんなわけで、あいかわらず町の人々は混乱した気分の中で暮らしていました。そしてときどき「王様ははだかだ」という意見の持ち主が告げ口され、つかまって大臣の前につれていかれました。そして、つかまった者を目の前にした年寄りの大臣は、その者にひそかにこんなことを言っていたのです。

「おまえは、王様ははだかだと思っておるようじゃな。じつはわしもそう思っておるのじゃ。おまえの考えはけだし真実なのじゃ。しかしよいか、このことはだれにも打ち明けるでないぞ。もしおまえが、だれにも真実をしゃべらないと約束できるなら、いますぐに解放してやってもよいが、どうじゃ」

そう言われると、たいていの者が約束すると誓い、そして解放されるのでした。ところが、やはり王様ははだかだったのだ、自分は正しかったのだと聞かされると、そのことを人に打ち明けたくてしかたがなくなるのが人間というものです。ましてや、つかまったのになぜすぐに解放されたのかとなかまにはげしく問いただされると、まあ同じ意見を持つなかまにならしゃべってもいいだろうと思い、たいていの者が大臣との約束をやぶってしまうのでした。

 そうして「王様ははだかだ」という意見の持ち主たちの集会はますます活発になり、やがて「王様は着物をきていた」という意見の持ち主たちのあいだにも、自分の意見をかえる者も少しづつあらわれはじめ、その勢力をひそかにのばしていくようになりました。そしてそのなかまたちのあいだで、「王様はウソつきだ。われらをだましているのだ。そんな王様にわれらの国を治める資格はない」という意見がひそかにささやかれるようになりました。

 ところで、パレードのときに「王様ははだかだ」と叫んだ少年は、そのころどうしていたでしょう。あのときその子の父親は、自分の子どもの言うことを聞くように、みなに呼びかけましたが、いまはちょっとちがっているようです。少年の父親は少年にこう言っていました。

「最初は、おまえの言うことが正しいと思っていたが、王様の演説を聞いてからは、どちらが正しいのかわからなくなった。しかもおまえの一言がこんなに世間をさわがせることになるとは思わなかった。こまったことになったものだ。いずれにしろ、おまえはもうなにも言わないようにしなさい。さもないと、いくら子どもとはいえ、つかまらないとはかぎらないからな」

父親にそう言われて、少年はしかたなく黙っていました。

 少年は学校にかよっていましたが、学校でも大人たちの世界と同じことがおこっていました。子どもたちのあいだでも、王様の着物にかんして意見がまっぷたつにわかれ、意見のちがう者どうしのあいだで、みにくい争いがおきていました。学校の帰りに、まちぶせして、ちがう意見の子どもをおそうようなこともありました。少年は、最初に「王様ははだかだ」と言い出した者として、対立する意見の上級生らに目をつけられていました。まちぶせされておそわれそうになったところを、同じ意見の上級生に助けられるということもありました。そんなわけで、少年はいつもビクビクしながら学校にかよっていました。

 子どもたちのあいだにはいつもピリピリした空気が流れ、だれがどんな意見を持っているとか、だれがリーダーになっていつどこで集会が開かれるとかいったことを先生に告げ口する子どももいて、ときどき告げ口された子どもが先生に呼び出されることもありました。少年は父親のいいつけを守って、なにも言わずにいましたが、それでも一度だれかに「あいつは黙っているが、まだ王様ははだかだと思っている」と告げ口され、先生に呼び出されたことがありました。少年は先生にどんなことを言われるのだろうと不安でしたが、先生はこう言いました。

「おまえの気持ちはわからなくもない。しかし、王様の着物がどうとかこうとか考えるよりも、おまえにはもっとやらなければならないことがたくさんあるはずだ、勉強のこととか、将来のこととか。だからよけいなことは考えずに、自分がやるべきことに集中したらどうか」

 先生の言うことももっともな気もしました。しかし少年は、どうしても王様の着物のことが頭からはなれず、自分はいったいどうすればいいのかなやんでいました。そこで少年は、なんでも知っているといわれる町の長老に相談してみることにしました。少年の話を「ふむ、ふむ」と黙って聞いていた長老は、少年が話しおわると、こう言いました。

「おお、わがいとし子よ、おまえはたいそうかしこく、勇気のある子どもじゃのう。ほかならぬおまえのことじゃから、真実を話してやろう。わしは数年前、となりの国へ旅をしたことがある。そのとき聞いたのじゃが、なんでもいろんな国の王様をだましては大金をかせいでいるいかさま師がおるのだそうじゃ」

「それじゃあ、王様の着物をつくった織物職人が、そのいかさま師だとおっしゃるのですか」

少年はびっくりして長老に聞きました。

「おそらくそうじゃろう。王様もわしら町の者もみな、そのいかさま師にだまされたのじゃ」

「たいへんだ。すぐに王様に知らせなけりゃ」

と少年が言いました。

「まあ、待て。話はまだある。王様の演説のあと、大臣がおふれを出してうわさ話を禁止したことは、おまえも知っておるじゃろう。そして王様ははだかだとさげすむ者には賞金をかけ、つかまえさせた。そこまではいかにも王様への忠義心からしたことのように思える。しかしそれは大臣の策略だったのじゃ」

「策略?」

と少年は聞きかえしました。

「そうじゃ。大臣は、つかまえた者に、自分も王様ははだかだと思っているとふきこみ、ふたたび町に解き放って、うわさを広げさせたのじゃ。そうして『はだかの王様』説をとなえる者らがじょじょにふえていき、いまではウソつきの王様を引きずりおろし、正直者の大臣を王にまつり上げろという声まで聞かれるようになっておる」

「つまり、大臣が町の人たちをあおり立てて、自分が王様の地位につこうとしているのですね」

少年がそう言うと、長老がこたえました。

「そのとおりじゃ。やはりおまえはかしこいのう。これはわしの推測じゃが、もしかすると、あのいかさま師をこの国にまねきよせたのも大臣かもしれぬぞ」

「それじゃあ、はじめから大臣が計画してやったことなのですね。それはたいへんだ。ますます王様に知らせなけりゃ」

「そうだの、それがよかろう。おまえにその役をやってもらうことにするかの」

「えっ、ぼくに?でもどうやって?王様はあれいらいお城にこもり切りだし、お城は番兵だらけで、とても入れませんよ」

少年がそう言うと、長老は少年にある知恵をさずけました。

「なるほど、わかりました。でも、うまくお城に入れたとしても、ぼくは王様になんと言って話したらよいのですか」

少年がそう聞くと、長老は奥の部屋から小さな薬ビンをひとつとってきて少年にわたし、その薬の使い方を説明しました。そして最後にこう言いました。

「おお、わがいとし子よ。おまえにだれがなんと言おうと、決して耳をかすでないぞ。おのれの魂の声にしかと耳をかたむけ、それにしたがうのじゃ。そしておのれの信じた道をひたすらゆくがよい」

 少年は、長老からもらった薬ビンをポケットに入れ、さっそくお城にむかいました。お城の門には門番が立っていて、近づいてくる少年を見ると、呼び止めて言いました。

「これこれ、なにをしておる。ここはおまえのような子どものくるところではないぞ。さっさとうちへ帰りなさい」

すると少年は、門番になにやら耳打ちし、紙切れを一枚わたしました。すると門番はお城の門を開け、中で警備をしているなかまに呼びかけ、紙切れを見せながらヒソヒソ話をはじめました。するとたちまち番兵たちがおおぜい集まり、しまいにドヤドヤといそぎ足でお城を出たかと思うと、門を閉めるのも忘れてそれぞれちりぢりバラバラの方向へ走り去っていきました。あとに残った少年はやすやすと門をくぐり、お城の中へ入っていきました。

 少年が王様の引きこもっている部屋にたどりつこうとするまさにそのとき、年寄りの大臣が少年を見とがめました。

「やい、小僧。ここで何をしておる。おや、おまえはどこかで見たことがあるぞ。そうか、パレードのときに王様ははだかだと叫んだ小僧だな」

「よくおぼえておいでですね。あれから王様の演説をお聞きし、すっかり心がわりいたしました。ぼくはまちがっておりました。王様にはたいへん申しわけないことをいたしました。深く反省いたしております。王様にひとことおわびを申し上げたくてまいりました」

「そうか、それはよい心がけじゃの。それで、おまえはいったいどうやってここへ入ったのじゃ。番兵どもがたくさんおったろうが」

「はい、さようでございます。じつは、王様へのおわびついでに、ある知らせを持ってまいりました」

「ほう、どんな知らせじゃ」

「最近、『はだかの王様』説をとなえる者らの集会がふえていることは、すでにごぞんじのことと思いますが、きょう町のあちこちで同時に大きな集会が開かれるといううわさを耳にいたしましたので、それをお知らせにまいったのでございます」

「ほう、それは感心なことじゃの。それならば、さっそくわしといっしょにその集会の場所へおもむくとしようかの」

「それはいっこうにかまわないのですが、しかしそんなのんきなことをおっしゃっていてよろしいのでしょうか」

「はて、それはどういう意味じゃ」

「集会の場所をしるした紙を門番にわたしたところ、なかまを集めて、みないちもくさんにちらばっていってしまいました。それでやすやすとここまで入ってこられたのです。大臣閣下は、王様のお着物にかんしてよからぬうわさをする者をとらえた者に賞金を出しておられると聞きおよんでおります。そのうち何百という兵隊さんがたくさんの人をつかまえてもどってくることでしょう。そのひとりひとりに賞金を出すというのも、さぞかしたいへんなことでございましょう。それに、番兵さんたちが持ち場をはなれて勝手なふるまいをしたとなれば、王様はさぞかしご立腹なさることでしょうね」

「うーむ、あやつらめ。とんでもないことじゃ。こうしてはおられぬ。すぐにかけつけねば」

大臣はそうつぶやくと、少年もそっちのけで、あわててお城を出ていきました。

 こうして少年は、まんまとお城にしのびこみ、王様のお部屋のドアをたたきました。

「入れ」

と中から王様の声がしました。少年が中に入ると、王様はビックリして言いました。

「おまえはだれじゃ」

少年は、パレードのときに「王様ははだかだ」と叫んだのは自分であることを告げました。

「おう、おう、思い出したぞ。おまえのおかげで町中がたいへんなさわぎだ」

「ほんとうに申しわけないことをいたしました」

「それはもうよいが、おまえはどうやってここへ入ったのだ」

少年は、どうやってお城に入ったのか、王様に説明しました。

「ほう、それはたのもしいかぎりだな。それで、いったいわしになんの用だ」

そこで少年は、長老からおそわったとおり、王様の着物をつくった織物職人は大臣にまねきよせられたいかさま師であるうたがいがあること、そして大臣が王様の地位をねらっているのではないかということを知らせました。

「なるほど、それは大いにありうる話だ。しかし、それをどうやってたしかめる?」

少年は、ポケットから長老にもらった薬のビンをとり出し、それを王様にわたして、長老からおそわったとおりに使い方を説明しました。

「ほう、これはおもしろい。さっそくためしてみよう」

 王様が少年をつれて部屋を出ると、ちょうど大臣が兵隊をつれてもどってきたところでした。王様はさっそく、町の人々を集め、織物職人も呼んでくるよう大臣に命令しました。大臣は、王様の命令とあれば、したがわないわけにはまいりません。さっそく命令どおりにいたしました。そこで王様は、お城のバルコニーから町の人々を見おろし、こう話しはじめました。

「さて、わが民よ。わしはこの世でもっとも美しい着物をつくらせ、それを着てパレードをした。ただしそれは、だれでも自分の地位にふさわしくない者や、手におえないバカ者には見ることのできない着物だった。いまでもわしはその着物を着ておる」

しかし王様は、あいかわらずはだかでした。人々のあいだからざわめきがおこりました。王様は話をつづけました。

「わしはこの着物で、だれが自分の地位にふさわしいか、あるいはふさわしくないか、そしてだれがバカ者でだれがそうでないかわかると思っておった。しかし、そうではなさそうだ。この着物が見えるか見えないか、わしがはだかかそうでないか、いまおまえたちの意見はまっぷたつにわかれていると聞きおよんでおる。それもよかろう。しかし、わしはもっと大事なことに気づいたのだ。それは、だれが自分の地位にふさわしいか、あるいはだれがバカ者かではなく、おのれの王にかわらぬ忠誠を誓う者はだれかということだ。きょう、わしの部下の中で、わしの命令にそむき、欲に目がくらんで自分の持ち場を勝手にはなれた者がおった」

王様がそうおっしゃると、大臣と兵隊たちはビクッとして、からだをこわばらせました。

「そのおかげで、小僧がいっぴき、やすやすとわが城にまぎれこみおった」

王様はそう言うと、ニヤッと笑いながら少年のほうを見ました。少年は、なんだかてれくさいような申しわけないような気持ちでした。

「そしてわしは、その小僧からおもしろいものをもらった」

そう言うと、王様は少年がわたした薬ビンをみなの前にさし出しました。

「これは、ある名高い魔術師がつくった秘薬だ。この薬を着物にかけると、その着物はこの世でもっとも美しい色にかわるという。ただし、だれでもおのれの王に忠誠を誓わぬ者には、その色が見えないのだ。さて、いまわしはこの世でもっとも美しい着物を着ておる。この着物にこの薬をかけたらどうなるか、やってみせよう」

王様はビンのふたを開け、中の薬を自分にふりかけました。しかし、薬は王様のはだかのからだをほんの少しぬらしただけでした。

「さあ、どうだ。これでこの着物はこの世でもっとも美しい色にかわったぞ。さて大臣よ、おまえにはなに色に見えるか、こたえるがよい」

王様は、大臣のほうにむきなおってそうおっしゃいました。しかし大臣はなにもこたえることができませんでした。うっかりなに色とこたえて、それがちがっていたら、王様に忠誠を誓わぬ者だということになってしまうからです。

「どうした、こたえられぬか。それでは織物師よ、おまえにはなに色に見える?」

王様は、こんどは織物師にそう聞かれました。しかし織物師にもこたえられませんでした。

「どうした、だれかこたえられる者はおらんのか」

王様が人々にむかってそうおっしゃると、だれかが叫びました。

「わたしには、メラメラともえる炎のような赤い色に見えます」

すると、まただれかが叫びました。

「いえ、わたしにはすきとおる海のような青い色に見えます」

すると、またどこかでちがうだれかが叫びました。

「いえいえ、わたしにはしたたる若草のような緑色に見えます」

そうして人々は、あちらこちらで口々に自分の思う色を言い合いました。

「ようし、もうよかろう。さて、それでは小僧よ、おまえにはなに色に見えるか、正直に申してみるがよい」

王様は、少年のほうにむきなおってそうおっしゃいました。すると少年は、王様にむかってきっぱりとこう言いました。

「なに色に見えるもなにも、ぼくにはこたえることができません。なぜなら王様、あなたははだかだからです」

するとまた、人々のあいだからざわめきがわきおこりました。ところが王様は、「ワッハッハ」と腹をかかえて大笑いをなさったかと思うと、こうおっしゃいました。

「小僧、よくぞ申した。あっぱれである。さて、わが民よ。そもそもこの世でもっとも美しい色などない。すべての色が美しいのだ。だからわしの着ている着物は、見る者によっていかようにでも見えるだろう。はたまた、この小僧のように、わしがなにも着ていないかのように見える者もおるだろう。どちらも真実なのだ。どちらの真実も大切にするがよい。そしておのれの目にうつるものを信じるがよい。それこそが、おのれの王に忠誠を誓う者のあかしである。一方、なにも見ず、なにもこたえず、おのれの考えを言わず、なにも大切にせぬ者こそ、おのれの王を裏切り、忠誠を誓わぬ者のあかしである」

王様はそうおっしゃると、大臣のほうにむきなおり、こうつづけました。

「さて大臣よ、おまえには国を治める大事な役をまかせることはできぬようだな。残念だが、大臣の職をおりてもらわねばならぬぞ」

すると大臣は、かしこまって頭を下げました。つぎに王様は、織物師にむかってこうおっしゃいました。

「さて織物師よ、おまえはわしのためにこの世でもっとも美しい着物をつくった。こんどは、この世でもっとも美しい色にかがやくこの世でもっとも美しい着物をつくることを命ずる。それができ上がるまでは、決してわが城を出てはならぬぞ」

すると織物師はかしこまって頭を下げました。最後に王様は人々にむかってこうおっしゃいました。

「さて、わが民よ。わしには息子がおらぬ。かねがねあとつぎがほしいと思っておった。われのあとをつぐ者は、かしこく勇敢であらねばならぬ。そこで、よその国から養子をもらい、その子にあとをつがせようかと思っておったが、さいわいなるかな、わが民の中にわがあとつぎにもっともふさわしい者を見いだした。わしはいま、ここにおるこの小僧を養子としてまねき入れ、わがあとつぎとして大事に育てることをここに宣言する」

すると、人々のあいだからどよめきがまきおこり、やがてそれは高らかな歓声にかわりました。人々は口々に「王様バンザイ、王様バンザイ」と叫び、王様をたたえました。

 こうして少年は王様の養子としてお城にまねき入れられ、やがて立派な大人になり、「はだかの王様二世」として、よく国を治めたということです。

※参考:大畑末吉訳「アンデルセン童話集(一)」(岩波文庫)