「マジカル・エナジー 〜インドの輝く瞳たち〜」



■取材期間:
 1994年12月3日〜14日

■取材地:
 カルカッタ、デリー、パトナ、バラナシ、サワイ・マドプール、ジャイプール、アグラ

■前口上:
●9名の日本人がインドに乗り込んだ!
 国連上席顧問の北谷勝秀氏を会長とするNGO「地球と子どもの未来のために2050の会」は、1994年12月、海外研修旅行としてインドを訪れた。
 UNDP(国連開発計画)と地元のNGOの手引きにより、総勢9名の研修ツアー参加者が目の当たりにしたものは、観光旅行では決して出会えない素顔のインドだった。

●いきなりカルカッタのスラム街に潜入!
 メンバーは、滞在初日からいきなりスラム街の奥深くへと連れ込まれた。そこでは想像を絶する極貧の暮らしが営まれていた。人々はカラスや犬や牛とともに生ゴミの山を漁り、路上の糞を裸足で踏み、その足を手で拭い、その手を汚水で洗う。

●インドの農村地帯を往く!
 そして二日目、一行は土煙舞う農村部へと旅を続けた。そこには貧しさに加え、過酷な自然環境と対峙して生きる人々の暮らしがあった。彼らは、牛糞を乾燥させて燃料や建材や肥料として使い、片道三キロの道のりを水や薪を求めて毎日通う。

●生き地獄の中から光を放つ子ら
 しかし、そうした極限の生活の中で、なぜか子どもたちの眼はキラキラと輝き、全身から生きるエネルギーがほとばしっていた。普段、日本人の旅行者を見ればカモとしか思っていないストリート・チルドレンたちが、メンバーの構えるカメラの前で眼を輝かせ、心を開き、歓喜の歌と踊りを披露してくれた。教育を受ける喜びに目覚めた子どもたちは、突然自分の将来の夢を語り始めた。メンバーに握手を求め、その手をなかなか離そうとしない少年がいた。

●素人カメラマンは夢中でシャッターを切った!
 素人カメラマンの私にとって、見るものすべてが被写体であり、すべての瞬間がシャッターチャンスだった。ファインダーの向こうから彼らの無言の声が聞こえてきた、「どうぞ見てください。私たちはこのようにして生きています」と。私は夢中でシャッターを切った。日本人がとっくの昔に置き忘れてきたもの、命の根源に関わる確かな手ごたえをその指に感じながら...。