「理想」という言葉は、「現実」と相容れない対立概念として、水と油のように扱われる。「そんなのは単なる理想主義(理想論)だよ。あまりにも現実離れしている」という具合に。このような場合、まず気をつけなければならないことは、「理想」と「理想主義(理想論)」とは、まったく異なるという点だ。「理想主義」あるいは「理想論」は、一種のイデオロギーであるが、「理想」はイデオロギーとは無関係である。「イデア」と「イデオロギー」を混同してはならない。

次に注目すべきことは、「理想を内に含まない現実は、非現実的である」ということだ。理想と現実を対立概念であると捉え、現実というものが自己の存在とは無関係に外側に客観的に存在するとみなすなら、それこそが一種のイデオロギーである。しかし、現実とは、個人の存在を抜きにしては存在しえない。したがって、Aさんの現実とBさんの現実はまったく違うものとなる。AさんとBさんが、たとえ同じ家族、同じ共同体、同じ組織の構成員だったとしてもだ。

「現実しか目に入らない人間」と「理想しか目に入らない人間」は、好対照のように思えるが、どちらも「自分の外側にあるのが現実であり、自分の内側にあるのが理想である」とみなしている点において同類である。「現実も理想も目に入らない人間」と「どちらも目に入っていながら知らないふりをする人間」は、ともに「理想も現実も、自分のあずかり知らないところにある」とみなしている点で一致している。理想も現実もどちらもしっかり見えている人間は、人の数だけ理想があり、その理想こそがその人の現実を形作っていることをよく知っている。