「ギャンブラー」


昔あるところに天才ギャンブラーがいた。
彼が自分のギャンブルの才覚に気づいたのは、
まだ毛も生え揃わない子どもの頃だった。
正月に家族とすごろく遊びをして、サイコロを振ったとき、
彼は自分の不思議な運命を知った。
彼がサイコロを振ると、何度振っても1の目しか出ないのだ。
最初は単なる偶然だと思った。
しかし、何度振っても、どんな振り方をしても、
サイコロは1の目でピタリと止まるのだ。
家族は皆、気味悪がった。


やがて彼は、友人を相手に賭けに興じるようになった。
彼の不思議な運命を知らない友人たちは、
彼の命運がいつか尽きるだろうと信じ、
1以外の目に賭け、そして必ず負けた。
友人たちは一人、また一人と彼のもとを去ったが、
それでも彼は賭けを止めなかった。
やがて家族も彼のもとを去った。


そして彼は、必然の糸にたぐり寄せられるように、
ギャンブルの世界に身を投じた。
酒場で、酔った客相手に
「一発で1の目を出してみせる」
と賭けを持ちかけては金をまきあげるようになったのだ。


やがて彼は賭場を荒らし回り、大金を手にした。
「サイの名手がいる」と噂され、
その世界で一名を馳せるようにもなった。


しかし、彼はいつも不安だった。
いつか違う目が出るのではないか。
確率で考えたら、
このままずっと1の目だけを出し続けられるとは思えない。
神はなぜ自分にそんな能力を与えたのか。
自分の運もいつか尽きるときがくるのではないか。
そんな不安を打ち消すように、
彼はいつも全財産を賭け、
そして彼の財産は毎回倍に増えていった。


あるとき、ギャンブル界のドンと呼ばれる男から、
彼に賭場への招待状が届いた。
彼は快く招きに応えた。
ドンの催す賭場は、その道で名を馳せた大物が一堂に会し、
盛況を極めていた。
そこで彼は、運命の女を目にした。
その娘を見るなり、彼の体に電撃が走り、
自分はこの娘を手に入れるために、
天からこの能力を与えられたのだと信じた。


ドンは、その様子を見逃さなかった。
ドンはすかさず彼に近寄り、耳打ちした。
「どうやら、あの娘に目をつけたらしいな。
あれはわしの一人娘だ。
どうだ、わしと一世一代の大勝負をせんか。
わしはお前が1以外の目を出す方に賭ける。
お互い金はもう充分稼いだろう。
だから別のものを賭けよう。
お前が勝ったら娘をやる。
わしが勝ったらお前の命をよこせ」
彼は申し出に応じ、ドンは皆に賭けを告げた。
会場は騒然となった。
「ドンも無茶なことをするもんだ」と皆がささやいた。
誰もがドンの負けを確信し、
賭場は前代未聞の掛け率となった。


そしてサイは投げられた。
出たのは2の目だった。


ドンの温情から、命までは取られなかったが、
彼は身ぐるみはがれ、賭場を追われた。
ドンに渡された一夜の宿代だけを握りしめ、
彼は行きつけのバーに逃げ込んだ。
馴染みの顔を目にしたバーのマダムは、
放心している彼の前に、サイコロをひとつ放ってよこした。
彼は、いつものように何気なく無意識にそれを振った。
子どもの頃、すごろく遊びでそうしたように...。


出たのは2の目だった。