いのちを脅かすものに「NO」と言う

 

 数年前の春、突然の奇病が長男(当時四歳)を襲った。

 四〇度以上の高熱が何日も続く。目は真っ赤に充血し、唇も腫れて膨れ上がり、舌にイチゴ状のブツブツが現れ、首が回らなくなるほど頚部リンパ腺が腫れ、体中に発疹が出て、手足もむくんでくる。意識がもうろうとし、うわごとを言う。そのまま逝ってしまうのかとも思えたほどのそうした無残な症状がいっぺんに現れるのではなく、つるべ撃ちのように次々と現れる。

 病院に連れていくと「川崎病」と診断され、緊急入院。

 医者の話では、心臓を取り囲み、心臓の筋肉運動を司る冠状動脈が侵されているという。それがもとで内臓という内臓が炎症を起こしている。危ない状態だと言われた。幸い大事には至らなかったが、一カ月の入院治療を強いられた。

 

 私も自分の子どもがかかってみて初めてその病気の正体を知ったのだが、その原因については医学的な解明がいまだになされていないという。主に幼児がかかる原因不明の奇病。

 船瀬俊介氏の「なぞの川崎病」(三一書房)という本を読むと、今までに水銀中毒説、農薬説、抗生物質説、ウィルス説、ダニ説、合成洗剤説など、様々な病因説が出され、研究がなされてきたが、決定的な究明には至っていないという。

 ところが、船瀬氏の綿密な調査とそれに裏付けられた論述を読めば、合成洗剤説が病因説の最有力候補であることは疑いようがない。

 合成洗剤説のメカニズムはこういうことらしい。

 台所用、洗濯用、カーペット用などの合成洗剤に含まれる界面活性剤の一種アルキルベンゼンスルホン酸ソーダ(ABS)が、皮膚や粘膜を通して体内に侵入し、タンパク質と強く結びつき、「異種タンパク」と化す。生体内では当然これに対抗して「抗体」ができるが、ABSと結びついたタンパクは自分の細胞の自己タンパクであるため、これを異種タンパクとして抗体が攻撃する際に、もともと同じ組成の自己タンパクまで見さかいなく総攻撃をかけてしまう。免疫系の暴走。

 ABSは皮膚などから体液に浸透し、血液中に到達し、全身にめぐり、血管壁細胞などと強く結合する。結合されたタンパクは異種タンパクとみなされ、抗体によって攻撃され、血管はひび割れたゴムホースのようになってしまう。この「タンパク質変性作用」はABSだけでなく、LASなどのS系界面活性剤にはすべて現れる。これが合成洗剤の毒性の根源である。

 

 ところが、このおそるべき川崎病の容疑者の最右翼であるはずの合成洗剤説だけが、なぜか厚生省によって充分な検討もされず、事実上黙殺された形になっているというのだ。その理由について船瀬氏は、合成洗剤説を唱えた名古屋大学名誉教授の坂本陽氏の言葉を借りて、「もし合成洗剤が原因であると立証されてしまうと、洗剤メーカーが大打撃を受けるからだろう」と推察している。

 こうして、病因の究明はなしくずしにされ、きわめて毒性の高い化学合成物質を含む合成洗剤は、いまだに作られ続け、年間五〇〇〇人から一〇〇〇〇人もの幼い命を川崎病が侵し続けている。

 

 私として注目していただきたいのは、川崎病の真の原因が合成洗剤かどうかということではない。たとえ他の病因説が有力だったとしても、同じような隠ぺい工作は起こり得ただろうということであり、そうした行為の犠牲となるケースは特定の人間だけに限った特殊事情ではなく、誰の身にも起こりうる問題であるという点だ。

 川崎病に限らず、薬害エイズ問題にしても、原発やダイオキシンやフロンガスの問題にしても、狂牛病やO―一五七の問題にしても、そこに見えかくれする問題発生の社会的背景はまったく同じであるという点なのだ。

 つまり人間の命と経済活動(もっとハッキリ言えば営利追求)とをハカリにかけたとき、迷わずに経済活動を重んじ、そちらを優先させるという社会に私たちは住んでいるということである。これが、私たちの市民生活に直接関わる身近な問題でないとしたら、いったい何なのだろう。

 

 もちろんそれ以来わが家では、一切の合成洗剤を排除したことは言うまでもない。それだけでなく、いずれの病因説が正しかったとしても生活環境の人為的な汚染が原因であることに違いはないので、この際、日常生活に潜む危険(物質に限らず)を徹底的に排除しようと、農薬や添加物をはじめとする化学合成物質や薬物はもちろんのこと、アレルゲンになる食品、免疫力を低下させる様々な原因などの排除に日々努めるようになった。

 こう書くと、随分ややこしく面倒な生き方のように感じるかもしれないが、実は無駄が切り捨てられ、いたってシンプルな生活に戻る結果になる。

 次のような、恐るべき実験が実際に行われた。


●ミルグラムの「アイヒマン実験」

スタンリー・ミルグラムの「権威への服従実験」という有名な実験があります。次のような実験です。

新聞で募集された被験者は、「教師」役として、ある人の学習実験を頼まれます。学習は対連合学習実験で、「青い⇔箱」「よい⇔日」「野生の⇔鴨」などを覚えます。

被験者は「教師」役として、「生徒」が間違いを犯すと電気ショックを与えて罰を与えながら学習を進めること、「生徒」が間違えるたびに電流の強さを強くしてゆくことをミルグラムから指示されます。

実験前に、「教師」は45ボルトのサンプルショックを手首に受けます。このことで、実際に電気がとおってる事、電流の強さを確認させられます。

実は「生徒」は訓練されたサクラで、実際には電流は流れませんが、罰を与えられると迫真の演技で苦しみます。実験中生徒は頻繁に間違え、間違えるたびに、教師役の被験者は電圧を読み上げながら、徐々に強い電気ショックを与えてゆくことを求められます。

電気ショックの機械の前面には、200ボルトのところに「非常に強い」、375ボルトのところに「危険」などと図解されており、自分が与えている電気ショックがどれぐらい危険なものかわかるようになっています。


「生徒」のサクラは、次のように振舞うように指示されています。



120ボルト:ショックが苦痛になり始めたと大声で言う
135ボルト:苦しいうめき声
150ボルト:絶叫
180ボルト:「痛くてたまらない!」
270ボルト:苦悶の金切り声
300ボルト:壁をどんどんたたく
330ボルト以上:反応なし
実験条件は4通り設定されました

遠隔条件
生徒は隣室で、回答はランプで知る。声は聞こえない。電流が300ボルトを超えると壁を叩くので、初めて生徒が抗議していることがわかる。
発生条件
生徒は隣室だが、声が届く
近接条件
同じ部屋で2、3フィート先に生徒が座る
接触条件
150ボルト以上のショックを与えるには、生徒の体に触れて従わせる必要がある
実験の結果は、非常に多くの人が450ボルト(機械の最大値)の電流を流しました。各条件での割合を挙げると、

遠隔条件:65.0% 発生条件:62.5% 近接条件:40.0% 接触条件:30.0%

でした。

遠隔条件、発生条件はともかく、近接条件・接触条件でも、実際に生徒の苦しむ姿を目の当たりにしても、これだけの割合の人が実験者(ミルグラム)の指示に従って電流を流しつづけたのでした。


「自分は『指示』を受けてそれをこなしているだけだ。自分に役割遂行の責任はない」と感じる状況では、人間は非倫理的なことも行ってしまうのです。ナチスの副官で、ヒットラーの指示でユダヤ人をガス室に送ったアイヒマンの名前を採ってこの実験は「アイヒマン実験」とも呼ばれています。

(上記の「アイヒマン実験」文は→http://ha1.seikyou.ne.jp/home/yus/ecolab/game.htmlから引用しました)

 たとえばあなたがある製薬会社に研究員として就職したとしよう。そこで日々の研究の結果、自社製品のひとつに生命を脅かす重大な因子を発見したとする。それをさっそく上司に報告すると、上司はすべてを自分に任せ、いっさい口外しないよう、あなたを口止めしたとする。その結果、その薬の犠牲者が発生してしまったら、あなたはどうするだろう

 スタンリー・ミルグラムのこの実験は、まさにこうした場面での私たちの態度決定を促している。

 出荷用の作物を作る畑と自家用の作物を作る畑とを明確に分けているという農家の話をよく聞く。ある洗剤メーカーの社員は、自宅では自社製品を絶対に使わないという話も聞いたことがある。

 私は彼らの態度を糾弾しようとは思わない。少なくとも彼らには危険性に対する自覚がある。生まれ変わるための第一条件は備わっているわけだ。おそらくもう一歩というところだろう。その一歩は決して難しいものではない。

 ことさら敵を作って戦う必要もない。誰かを告発したりいけにえにする必要もない。社会を変革しようと目を血走らせて躍起になる必要もない。いのちを脅かすものに対して、ただ静かに「NO」と言えばいい。それに背を向け、それとキッパリ縁を切ればいいだけの話だ。そして、いのちを脅かすのではなく、いのちを尊び育もうとする人たちの世界へ密かに住み替えをすればいい。

 問題は単純だ。消費者が合成洗剤を買うのをやめれば、企業も造るのをやめる。ゴミを出さなければ、ダイオキシンも発生しない。

 

 欧米の消費者運動に「グリーンコンシューマー運動」というのがある。

 グリーンコンシューマーたちは、地球環境にやさしい製品を扱っているメーカーや販売店をリストアップした「グリーンブック」「グリーンガイド」と呼ばれるものを発行し、そこに載っている企業の商品以外はどんなに安くても買わないという徹底した不買運動をしている。

 この「買わない(無視する)」という消極的な態度が、ヨーロッパやアメリカの市場全体を確実に動かし始めている。このグリーンコンシューマーの数は現在ヨーロッパでは消費者全体の二〇%、アメリカでは一〇%に達している。企業にとって一〇〜二〇%のシェア・ダウンは致命的である。そこで企業はもはや彼らの意見を取り入れたモノ造りをせざるを得なくなっているのだ。ちなみに日本ではグリーンコンシューマーの数は現在まだ一%にすぎない。

 

 ミルグラムの実験で特筆すべき点は、上からの命令によって、多くの人間が人命を脅かすに至るまで電圧を上げてしまったという点ではなく、たとえ少数でもそうしなかった人たちがいるという点にあると私は思う。