ある牧場に、ジェーンという名の仔馬がいた。ジェーンは、父馬、母馬、そして他の馬たちと一緒に、広い牧場の中で、なに不自由なくのびのびと暮らしていた。

実際、牧場のくらしは快適だった。空は青く、小鳥は鳴き、草は生い茂り、水は清く、日の光は燦々とふり注ぎ、ジェーンはそんな中で思い切りかけ回り、草をはみ、小鳥たちとたわむれていた。

でも、ジェーンにはひとつだけとても不安で気がかりなことがあった。それは、ときどき仲間の馬たちが、彼女のそばに寄ってきて、彼女にちょっかいを出すのだ。ちょっかいというのは、体のいろいろな場所を一度だけ軽く噛むという、ただそれだけのことだったが、ジェーンはとてもイヤな気分がした。

べつに痛いほど噛まれるわけではなかったし、それほど頻繁に噛まれるわけでもなかった。ただ、ほんのたまに、近くにいる馬がスーッと彼女に寄ってきて、彼女の体のどこか一ヵ所を一度だけ軽く噛むのだ。

ジェーンはあまりに突然のことで、何が起こったのかわからず、ビックリして後ずさりする。それを見ると、彼女を噛んだ馬はそれ以上は何もせず、またスーッと行ってしまう。

ごくたまにだが、ジェーンの父馬や母馬も同じちょっかいを出すことがあった。父馬も母馬も、いつもはやさしくジェーンを見守るだけで、余計なことは何もしなかったが、そのときだけは他の馬たちと同じだった。

特定の馬が彼女にちょっかいを出すわけではなかったし、父馬や母馬も同じことをときどきするので、そんなときジェーンは何が何だかわけがわからず、呆然としてしまい、不安でイヤな気分になった。

でもそんなことはごくたまにしかなかったし、ちょっかいがエスカレートするわけでもなかったので、ジェーンはすぐに気分を持ち直し、また牧場をかけ回ったり、草をはんだり、小鳥と遊ぶことに夢中になり、そのことはすっかり忘れていた。

ある日のこと。その日も空は晴れ、暖かい日ざしが燦々とふり注ぐ気持ちのいい日だった。ジェーンはひなたぼっこをしていて、あまりの気持ちのよさに、ちょっとうとうとしていた。そのとき、右のお尻に何かチクッとするような感覚をおぼえた。どうやら蚊か虻にでも刺されたらしい。刺されたのは一瞬のことで、べつに痛いわけでも何でもなかったが、刺されたところがみるみるかゆくなってきた。ジェーンはかゆくてかゆくてたまらなくなってきたが、自分ではどうにもかけない。牧場の柵に右のお尻をこすりつけようとしたが、うまくとどかない。

ジェーンはどうにもがまんができなくなり、誰か私のお尻をかいてくれないかと思い、周りを見回した。運わるく、父馬も母馬もそばにいない。とにかく誰でもいいから、このお尻のかゆみを何とかしてほしかった。ここよ、ここなのよ、誰か私の右のお尻を今すぐかいてちょうだい!かゆくてかゆくてたまらないのよ!

そのときたまたま一頭の馬がジェーンのそばにいたが、ジェーンはその馬にどうやって自分のお尻のかゆみを知らせたらいいのかわからなかった。でもそうしているうちに、かゆみはどんどんひどくなっていた。ジェーンはとうとう「私の右のお尻をかいてちょうだい!ここよ、ここがかゆいのよ!!」とばかりに、そばにいたその馬の右のお尻を噛んだのだ。するとどうだろう。その馬は、すぐにジェーンの右のお尻を軽く噛み返してくれたのだ。まさにさっき虫に刺されたその場所だった。ジェーンはとっさにもう一度その馬の右のお尻を噛んだ。するとその馬はまた同じところを噛み返してくれた。しかもその噛み方は、ジェーンが噛んだのと同じくらいの強さだった。なんて気持ちがいいのだろう、とジェーンは思った。かゆみはすっかり消えていた。

そのときはじめてジェーンはわかったのだ。今まで仲間の馬たちは、ジェーンにちょっかいを出すために噛んでいたわけではなかったのだ。ただ体のどこかがかゆくて、誰でもいいからそばにいる馬にそこを噛んでほしくて、相手の同じ場所を軽く噛んでいたのだ。ジェーンの不安はいっぺんに消え、目の前が明るくなったような気がした。

その日以来ジェーンは、どこかかゆいところがあったら、すぐそばにいる馬の同じところを遠慮なく噛んで、同じところを噛み返してもらうようになった。また、何よりそうしたやりとりが楽しくて仕方がなくなり、誰か体のどこかがかゆくて困っている馬はいないかと、いつも周りをキョロキョロするようになり、ちょっとでもそんなそぶりを見せている馬がいると、真っ先にスーッと近づいて行き、どこがかゆいの?とばかりに、その馬に体をすり寄せるようになったのだ。

仔馬のジェーン